クレーンゲーム

治らない風邪はないはずで、それでも風邪に怯えるのは人間の悪い癖なのだろうか。
そんな風邪のようなものに俺は揺られ、脅され生きている。
期待とはなんぞや。信頼とはなんぞや。俺は、何に、誰に、期待を。何をもって興味、好意と仮定してきたのだろう。
自身にしか期待も、信仰も持ち合わせていないはずだった。
向上心の無いものは屑だと罵り、吸水性の無い事柄には見向きもしなかった。
それがどうしたことか、単純に自分との差異に振り返り、その開きが大きければ大きいほど興味を抱くようになった。
感性の鈍りか、それとも慣性の進行か。
無を愉しみ、時をゆらりと過ごせる自分が今日いるではないか。まったくに信じられない。幻のようだ、幻なのかもしれない。
そろそろ目が覚めるのか、覚めそうなことを察したが故に、こんな思いに耽るのか。
とどのつまり、誰も自分の思うようには動かない、そして自分も自分の思うようには動かない。
その差異、その余白に生じるものがその人たらしめ、時として個性と呼ばれるのならば、
夏とは別の、一つの季節が終わるはずだ。
染み渡るこの懐かしき感覚、ニヒルで魯鈍で、憎ましいこの熱。
ピントが合っているとするなら、人生はペナルティキックのようなものだ。
誰も誰かのフィールドに立ち入りなんてできやしない。触れられるのは祈りだけ。

2011-09-26 06:17:13