生きる為に喰うのか、喰う為に生きるのか。

「おっさん、なんでおっさんは毎日ごはんを食べるの?」
「食べないと死んでしまうからだよ」
「じゃあ、生きる為に食べてるの?」
「いや、そういう訳ではないんだが」
「じゃあ、食べる為に生きてるの?」
「。」
「生きる為に喰うの?喰う為に生きるの?」
「いいか、そんなこと気にしてたら社会じゃやっていけないんだよ」
「なんだよ社会社会って、いつも困ったら社会って言葉で片付けるじゃん」
「僕は生きる為に喰うのか、喰う為に生きるのか、聞いてるだ」
「おまえみたいなやつは社会では通用せん。余計な事は考えるだけ無駄だ」
「もういい」
呆れた、おっさんはもっと話の分かる人かと思ってた。もういい、もういい。
どうせ僕は社会には通用しない、人間のことをよくわかってない人間失格な小僧だ。
ん、人間失格?たしかそんな本があったな。
少年はその鬱憤を脚に本屋に向かった。

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「人間は食わなきゃ死ぬ。食う事を維持するために働く」 

人間失格の冒頭部、其処でページを開くことを終えてしまった。

なんで僕らは生きてるんだ?食う事を毎日続けていくことのだめだけに一日の殆どを費やし、残りのほんの些細な時間で食事、睡眠をとる。眠ればまた朝が待っていて、同時に仕事が待っている。食う事を維持する為の仕事が。じゃあなぜそこまでして仕事をするかって、食わなきゃ人間は死ぬから、か。この一文、一文、この一文が微細な何かを決定づけてしまった気がする。もう戻れない。__

湿気の溜まり込んだ薄暗い部屋に灯火ひとつ、男は机にむかっていた。
念仏のように独り言を唱え、手紙を完成させようとしていた。

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「おーい」
ドアをノックしても返事は無い。こんな昼間から家にこもっている若者がいる訳もないか、と呟きつつ扉を開けた。
黒い塊があった。物体も質量も変わり果てた異物が其処にはあった。天井から下がったロープはまだ揺れていた。
拝啓

暑い日が続いているが、元気でやってるか?
お前に伝えておかなきゃならないことがあると思って、こうして手紙を書いた次第だ。
この前は、すまなかった。俺は、逃げたんだ。おまえぐらいの歳の時に、逃げたんだ。
何故自分が、人間が、生きているのかを考え出したら、怖くなったんだ。
どうして殆どの時間を働いていなきゃならないのか、こんな一万円と書かれただけのような紙切れを手に入れる為に他人に頭を下げて、媚びへつらわなきゃならないのか。
俺やお前が金持ちの御曹司であれば話は違ったかもしれんがな。多くの人間は食う事を維持するために働くことに手一杯だ。

とうとう俺は耐えられなくなった。自分のなかの真理に向き合いながら、世の中に繊細でい続けることが不可能に思えた。だから、考える事をやめたんだ。真理を追究したところで浮かび上がってくるのは矛盾ばかり、救いなんてものは宗教思想のある者にしか有り得んものだ。

世を生きる多くの人々は見えてないのではなくて、無意識のうちに見てみぬふりをしているだけだ。
ほんとはそんなに難しくない事だと知っていても、それをまるで難解なパズルを前にしたような表情をして逃げだすだけで。