逢瀬と機種変

これしかないと決めた勇気も 道が変わると忘れてしまうことがある
どうしてそれしかないと思ったのか その何がよかったのか それさえ思い出せなくなることがある

野球選手になる夢を追いかけて敗れて呆然と生きた少年から青年へ移行した男性は
甲子園の砂を持ち帰る想像を百万回もしたことは忘れて 回線の契約を一つでも多くとって帰ることに小躍りできるようになる
自分には野球しかないと思い込んだ過去なんて 当人すら思い出せなくなる恐怖

野球のどこが好きだったんだろう と
きみしかいない と鬼気とした迫真の愛も 時の風化の前に朽ちることがある

現世において唯一人しか愛せないと誓った恋も なぜ想ったのか どこに胸を浮かされていたのかさえ 思い出せなくなることがある

受精という遥かなる確率論を超えて出逢った最愛を逃すことよりも
その最愛も時間を前にしては赤の他人に変質する驚怖

失うことより 思いが変容していくことより
関心すらなくなるであろう未来に今日の自分と同じ顔をした別人の自分がいるだろうことに いわれの無い哀しみが降る

運命の人も、すれ違えば記憶に残らない通行人A