見えるものは見えないもの

薄明かりが照らす
いつの間にか
手の皺が深く、増えた
あの頃の、頭の中に浮かぶ自分から遥かに歳をとった
自分
同じ自分か
それは誰も知らないような
知っている人がいようとも、彼らが皆死んでしまったら
確かめる術はわたしは持たない

触れたいと胸が言う
ざらついた頬と唇
流れ星のように一瞬
光ともざわつきとも言えない煙が充満する

部屋は世界か
世界は部屋か
肝心なことはわたしも
上司も、友人も、親も、総理も
科学者も、イーロンマスクも
誰も知らないじゃないか

金の作り方を覚え
広い家の建て方を知ろうとも
肝心なことは誰も知らないじゃないか

コンビニのバイトを蔑む土地持ちや実業家も
わたしたちの足下すら
葉を広げる根っこすら知らないじゃないか

人間がどうして生きているか
どうやって生まれたか
なぜこの星にいるか
どこからきたのか
死んだらどこにいくのか
死とはなんなのか
宇宙とは何か
誰が作ったのか
なんなのか

肝心なことは誰も知らないじゃないか

なのに
それなのに
あの頬に触れたいんだ
唇を触ってみたくなるんだ

背伸びをしたり、小さくなったり
風に飛ばされてしまう紙切れで威張ったり
強い瞳にどぎどきしたりしたりしてしまうのは
見えないからなのか
知らないからなのか
考えないからなのか

この星にいま住まう全てのひと
地位や名誉や人智を超えて
そして誰も知らない

なのに
それなのに
あの頬に触れたくて
触ろうとして風を切って
張り裂けた胸を流れる涙で縫って
終わりを待つ心臓の鼓動なんて無視して
そして誰かをまた好きになるんだ

肝心なことを誰も知らないのに
比べられるものなんて実のところないのに
二度とある愛は磁石の反発に逆らえないのさ

宇宙の秘密を知るときに
人間のことはまだ遥かにわからない