独り言 〜便利と不便のあいだに〜

僕は友人・知人と会う、といった理由が無い限り滅多に外食をしない。
朝は弁当かおにぎりを作り、昼はそれを食べる。夜は帰ってきてまた作ってそれを食べる。節約ということもあるが、自分のからだに入れるものを自分で作ることが好きなのだと思う。コンビニ弁当のようなブラックボックス化されたものを口にすることに抵抗があるのもその一因だとは思う。よく行く八百屋とはいつの間にか馴染みになった。パッケージされたものでなくても、にんじんを二つ、たまねぎを一つ、じゃがいもを一つ等と言うとその数毎に売ってくれるので、一人分を考慮して作らなければならない僕には大変有難い八百屋である。
僕の家には洗濯機が置けないので、日々コインランドリーに行くのだが、昨晩大量の洗濯物を抱えて最寄りのコインランドリーに行くとその建物ごと取り壊されていた。思い入れのある古めかしいコインランドリーだったので寂しさと驚きで数秒立ち尽くしてしまった。
よっこらせと家まで戻り「コインランドリー 白金高輪 三田 」で検索、パソコンの画面には近隣の五箇所にマークがついていた。今一度大荷物を引っさげ地図を辿りながら一つずつマーカーに出向くも、どれも既に違う建物になっていた。一時間半も歩いたのに。
そうこうして夜も更けてしまった昨夜は自宅に引き上げ、本日またリベンジ。
コインランドリー探検ついでにいつもの八百屋へ。野菜を頼む口調そのままにコインランドリーはないかと尋ねてみると、久しぶりに開ける引き出しを探るように「んうう、確かえっと、どこかにあったな、あ、この道を真っすぐ行って左に物見の塔があって、、」と細い目をより細くしたおじさんが道順を教えてくれた。その言葉通り、街灯も届かない路地裏にはインターネットにもどこにも載っていない古びたコインランドリーがあった。Amazonでの買い物も縦横無尽に網羅できる魅力があるが、やはり、言葉で触れて交わして物のやり取りをする心地よさ、不便な生活のなかに感じられるワンシーンワンシーンから見える美しさは時代越境の良さがある。

脱ブラックボックス。