Korea report/Miyagi report

韓国に到着してから六日が経った。

前回の渡航からの変化に戸惑いつつも、着実に経験値は貯まっている模様。

見知らぬ土地、見知らぬ人々、見知らぬ言語、視線を移す度に日常とのずれがある。

目的であった日韓問題との距離感、そして接触

歴史蠢く中で取り残されていたのは僕の経験の方で、動き続けていたのは国と国だった。

時代の流れとは凄まじい。大きく、そして恐ろしい。

残りの日々を愛おしく大切に、そして慎重に、どれも拾い上げていくつもりだ。

 

 

Korea report2

日本人が立ち入れない領域。僕はそれを侵した。

使命感と恐怖感の狭間に顔の皮膚が強張りつつも、僕は侵した。

日韓問題についてどう思いますか?僕は侵した。

同じ星に住む同じ人間という種族であることさえ忘却せられ、ひとびとの足元には雁字搦めに境界線が蒔かれていた。

僕は僕の背中を押して、境界線をまたいだ。

皇民化政策により日本語を叩き込まれたハルモニ。強制労働で日本に連行されたハラボジ。

史実がどうとか、事実がどうとか、ではなくて、ただ単純に、日本人である僕が最も立ち寄れない場所の眼前に僕は立っていた。教科書で目を通した文脈が形となり僕の目の前に立っていた。

日本人とは。韓国人とは。歴史とは。

そんなぐちゃぐちゃとした歪な境界を越えて僕はそうして目の前に立っていた。

何故憎み憎まれ差別し差別されなければならないのか、ネチズンたちが煽り上げる朝鮮人竹島在日の言葉を見ない日は無いなかで僕は知識や情報で自分を納得させるのが嫌だった。

そうして僕は侵した。

きっと僅かだけど、僕がかの地に残した爪痕が日本と韓国の距離を近づけていくのだと思う。

 

 

Miyafi report

衣食住全てを自らの手にて創り出す老練な翁が登米に存在するとの情報を元に、当初撮影という目的を抱き合わせ向かった僕であったが、待っていたのは僕の考えうるスケールを遥かに凌ぐ人々、そして感覚だった。

還暦を遠に越えた翁津花氏は、宮城の奥深くにて誰に知られることなく、誰に伝えることなく、食料を自ら創り、衣さえ創り、住まいを創り、等身大の芸術を創り、人生を創っていた。

僕ら撮影陣は時に寡黙に、時にインタビューにと、津花氏というひとりの人間を越えた大きな何かを津花氏を引っくるめ撮り続けた。伝えるべきものが其処に座り込んでいたし、伝えずには済ませない感情が吐き捨てられるほどに転がっていたように思う。

ただ、驚くべきは津花氏だけの存在でなく、いざなってくれたトシを皮切りに、その師にあたる柴田さん、それを取り巻く人々の圧倒的存在感であった。

トシにしても柴田さんにしても、安藤さんにしても、ロケーション、年齢、職業、本来前提的であるものをどれも無作為に越えていて、そしてそれを形にし、繋がりにし、常道的にアンチテーゼの旗を掲げ燃やしていた。

それらを予期せぬ場所で予期せぬ時に眼前にした僕の内蔵は、彼らの意識の飛火により己の中に点在するものを再認し、沸騰、そして集合、僕は僕と目が合った。